海外の人って、『ものごとをハッキリと伝える』イメージがあるよね?
「泳ぎに行こう」、「このクッキー好きじゃない」、「ボリューム下げて」などの表現で、
「私、泳ぎに行きたいんだけど、どうかな?」、「このクッキー、私の好みではないかも」、「申し訳ないんだけど、ボリュームを下げてもらってもいいかな?」みたいな、謙ったような言い方はしないイメージ。
そのほうが、相手に気を遣わないから、楽に生きられそうだな。って思ってたし、
どこか、カッコいい要素にも思えてたから、
「私もそうなりたい」って憧れが、日本に住んでいたときには、あった。
『謙虚さ』との間で
それがちょっと、マルタに移住してから、私の悩みになっちゃってたの。
「マルタに移住したら、自分もそんな表現を身につけて、周りの人とも、楽なコミュニケーションをとれて、
そのほうが心地いいんだ」って信じてたんだけど、
全然、心地よいコミュニケーションにならなかったから。
例えば、私の友達で、自分の欲求を『ハッキリと伝える』子がいるのね。
「Give me your water」、「Take a picture」、「You have to go」みたいな感じで、
「お水、もらってもいい?」、「写真撮ってもらってもいい?」、「行った方がいいんじゃない?」みたいな、『謙虚』な表現の日本語とは、全く違う表現の仕方。
謙虚すぎる日本の文化に慣れ親しんだ私からすると、
どうしても、偉そうで失礼なように感じちゃって、受け入れられなかった。
アメリカンドラマを見ていると、そういう表現って普通に使われているから、
別に、彼女が失礼な人だから、そういう表現を使っているわけではないんだけど、
でも、どうしても、反射的に「不快だな」って気持ちが反応しちゃうのよね。
ポライトに、『ハッキリと伝える』
たまたまイギリスの友達と、このトピックについて話していて、
私がずっと、勘違いしていたことに、気づいた。
私は、インターナショナルな人のほとんどが、『ハッキリと伝える』表現をして、そういう表現が世界で求められていると勘違いしていたけど、
『ハッキリと伝える』の方法って、色々あるんだって。
彼女は、私みたいに、
「Give me your water」、「Take a picture」、「You have to go」みたいな表現に違和感があって、
ちょっと失礼な人に受け取るらしくて、
「Can I ask you water ?」みたいな、丁寧な言い方を好むらしいの。(もちろん、前者の表現を好意的に受け取る人だって、いる)
そして、そういう風に受け取る人は、インターナショナルな世界でも、別にマイナーではないみたい。
結果として、『ハッキリ伝わる表現』
当たり前かもしれないけど、
”「Give me your water」みたいな、『ハッキリと伝える』をすること自体”が、”魅力的な表現”ってわけじゃ、ないよね。
『ハッキリと伝える』こと自体が大切なんじゃなくって、
”自信を持って、クリアに伝えること”が、大切。
そして、変に謙らないとも、大切。
あとは、”自分らしい”表現になっていることも。
『謙虚さ』持って、『ハッキリと伝える』
私は、『謙虚さ』の要素を、けっこう重要視してるの。
相手に敬意を抱いて、感謝を示す態度って、忘れちゃいけないよね?
だから私は、自分なりの、『自己主張』の仕方を手に入れたいって思ってるの。
『謙虚』だけど、ハッキリと伝えられる人。
それが今の、私のなりたい姿かなぁ。
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