こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼
人間関係って、”似た魂(ソウル)”とか、”レベル”とか、
似たもの同士が惹かれ合うものだって、最近強く、思うことがあるの。
似た”魂(ソウル)”とは
”魂”っていうと、ちょっとスピリチュアル的すぎる響きかもしれないんだけど、
考えへの深さとか、考え方や価値観とか、そういうもの。
例えば、恋愛話をしていたとして、ある友達が
「私は恋人がいても、キープ君をつくっておく。男なんて信用できないから、自分が傷つかないように自分を守らなきゃいけないの」
って発言をしたとして。
私は正直、深く共感することができない。
気持ちは分かるし、彼女の考え方が間違っているとは言えないけど、
私は、そういう考え方では、ないから。
議論好き同士の関係だったら、話はまた変わってきて、
それもまた居心地の良い関係になることもあるんだろうけど、
大概の場合、深く共感することのできない相手との人間関係って、なんだか虚しくない?
「あ、この人と私。考え方が違うな」って、
あとは、「ふ〜ん」って感じで、相手の話を聞くの。
その先の延長上に、私が探っているような答えがないし、
深く掘り下げることで、自分の考えが深まることもないから、
会話の後に満たされる感じがない。
そういう相手とは、強いコネクションを築くことって難しいと思うの。
似た”レベル”とは
似た、”レベル”について。
”レベル”っていうと、ランクづけしているような響きで、よくない言い方かもしれないんだけど、
”レベル”は存在していると思っていて、
人間関係は、同じような”レベル”の者同士が、惹かれ合うものだとも思ってる。
バチャータダンスで、感じたこと
そのことを身体で実感することがあったの。
マルタに移住してから、二人組で踊るバチャータというダンスにハマっていて、
私は毎週レッスンを受けていて、自分のレベルを上げるために頑張ってるの。
バチャータダンスパーティーには、レッスンを受けていない人も大勢参加していて、いろんな人と踊るんだけど、
たまに、自分でも驚くことがある。
「あれ、半年前は、この人と一緒に踊るのがすごい楽しかったのに、今は楽しめない」
って思うことが、よくあって。
半年前は、呼吸がすごくあって、シンクロナイズするかのように踊れていたのに、
今では呼吸が合わず、テクニックにも満足できずで、あんまり楽しくない。
逆に、こんなこともあって、
全然呼吸が合わないと思っていた相手と、自分のレベルが上がったことによって、
今ではすごく、心地よく感じることもある。
この経験を通して、強く思った。
人は、”レベルが合う”相手に対して、心地よく感じるものなんだって。
人は、変化するから
人間関係の移り変わりって、
こういうことなんじゃないかな。とも、思ってるの。
自分のマインドセット、生きる姿勢とかって、常に変化しているもので、
自分の魂のレベル、考え方・価値観のレベルなどが変化していく中で、
相手と合わなくなったときに、その人との人間関係も終わりを迎えていく。
人は常に、変化していて、
成長意識の強さによって、変化の速度も違っていくから、
出会った頃は心地よい相手でも、1年後・2年後には、心地よい相手ではなくなってしまうことも、珍しくはない。
だから、「別れ」って、訪れてしまうものなんじゃないかなって、思うの。
もし、相手が、すごく成長意識の高い人間だったら。
自分も同じ速度で成長していかなきゃいけないし、
自分が成長意欲の高い人間だったら、
相手も同じ速度で成長してもらわないといけない。
常に、成長して
友達だったら、深いことを考えずに、
「この人、一緒にいて気持ちいいな」っていう感覚を大切にして、
その感覚に従って、人間関係を続けていけばいいと思うんだけど、
例えば、結婚を意識した相手を選ぶとき。
”成長意欲””成長速度”のことも考慮しないと、
どんなに”今”、愛し合っていたとしても、
あるときふと、どちらかが「なんか、物足りないな」って感じちゃって、
破局を迎えてしまうことがあるんじゃないかって。
将来の相手からそう思われないようにも、
私は常に、成長していかなきゃな。って、
また改めて、思ったの。
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