こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼
最近、ありがたいことに、
インスタグラムから、ブログについてのメッセージをいただくことが、増えた。
「Chichiさんがマルタで生活されている姿、素敵です!」
「Chichiさんのリアルな想いに、共感できます!」
とか、
マルタの情報を発信していることについてを超えた、
”私が大切にしていること” について、触れられたメッセージ。
私の生き方を肯定してもらえたような気がして、
それって大きな喜びだし、
ブログを読んでくださり、
何かしらのカタチで心に届くものがあり、
わざわざメッセージを下さる。という、
この工程自体にも、喜びが大きい。
”私の世界”が、満たされているような感覚になった。
「大きな世界」での夢
「夢は何?」
って聞かれたら、
「このブログをいつか、書籍できたら嬉しいな」
とか、
「大きなファッションショーに出場したいな」
みたいなことを、挙げると思う。
他にも、成し遂げたいことは、たくさん。
そんな夢たちが叶う瞬間を想像すると、
とっても興奮しちゃう。
「小さな世界」での夢
一方で、
「私の世界」においての、私の夢は?
って、考えてみたら。
「私の世界」っていうのは、例えば、
友達や恋人、バチャータダンスやモデル活動を通じて出会った人たち。
そして、ブログや写真撮影ツアーを通じて繋がった人たちで、
「私がこれまで築いてきた、人との繋がりでできている世界」。
ブログについてコメントをいただいたことも、もちろん
「私の世界」で起きたことだけど、
「私の世界」においての夢を考えたときに。
「私のブログを読んでくださっている方に、これからももっともっと、私の考え・想いなんかを届けていきたい」
「私の考え・想いが届く人を、もっともっと、増やしていきたい」
「私自身が、私のブログを愛せるような。そんな、自分らしいブログスタイルを貫いていきたい」
みたいな、
そんなことが頭に浮かんだ。
「”小さな”夢」と言われれば、そう。
「夢」であるかもよく分からない、地味なことでもあるんだけど、
でも、願ったからといって叶えられるような簡単なことではないし、
そして、充実感や持続的な幸せという視点を持つと、
これらの夢は、私の心を満たしてくれるであろう、
とっても大きなことなんだろうなって、思う。
誰かを思い浮かべることができたら
「”この人のために”、◯◯をする」
みたいに、
具体的な誰かを想像できたたときって、
私たちはもっと、強くなる。とも思う。
例えば、ブログを書くとき。
「海外の恋愛についてもっと知りたい」っていうコメントをもらったとして。
いただいたコメントのことを考えたり、実際には会ったことがないけどその方のことを考えたりしながらブログを書くと、
熱量やスピード感が全く違うの。
「こういう情報、喜んでもらえるかな?」なんて考えている瞬間も楽しくって、
ブログを書いている時間の幸せ度が、圧倒的に違う。
ブログの内容を喜んでもらえたら、
その喜びは、何倍にも大きくなるしね。
「大きな世界」と「小さな世界」での夢
”「大きな世界」で夢を追いかけること” が悪い
っていってるんじゃなくって、
「大きな世界」での夢も、
「小さな世界」での夢も、
どちらもきっと、大切。
ブログの書籍化とか、大きなファッションショーへの出場の夢が叶ったときの私を想像すると、
きっと、声をあげて喜んでる。
大きな夢を持ちながらも、
今ある「私の世界」で得られる幸せにも目を向けることが大切だと思っていて、
きっと、私たちは、
自分の周りにいる誰かとの間にも、
自分から幸せを生み出していけるんだって思うの。
”試合に出る友達を、応援しに行こう”。
”大好きな彼氏のために、手作りクッキーを作ろう”。
みたいなことからね。
”私の周りの誰か” を幸せにできるような何かを、
まずは「私の小さな世界」で、やっていきたい。
そしていつか、
「小さな世界」が徐々に広がっていって、
「大きな世界」でも、私の夢を、叶えるの。
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