こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼
学生時代は、「より良い大学に入ること」を目標に、受験勉強を頑張ってきて、
大学受験を終えると、今度は「より良い会社に入ること」を目標にし、
そして社会人になってからは、何を仕事にしたいのかよく分からなくって、自分の目標を少し失いつつ、
20代後半でやっと、天職だと思える「コピーライター」の仕事と出会えたけどその先の目標が見つけられず、
の人生で、
物心ついた頃からずっと抱いていたのは、
『何かを成し遂げたい』
っていう、想いだった。
まだ、何も成し遂げていない事実が
マルタに移住してからしばらくの間は、
ただただ、マルタでの新しい生活が楽しくって、嬉しくって、
未来に成し遂げる何かのことなんて、あまり考えないようになっていたんだけど、
でもやっぱり、
私の少し、野心的な性格だったり、
自分が何者なのかという問いへの答えの迷いだったりで、
心のどこかではいつも、「何かを成し遂げたい」っていう気持ちはあったように思う。
そして、「成し遂げたい」と強く思えるものがないことや、
特別なことをまだ成し遂げていない事実に、
たまに、焦りや不安を覚えたりして。
「私は、Chichiである」
でも、ここ数ヶ月くらいかな。
焦り・不安な気持ちが、ゼロとまでは言えなくとも、
あまり、感じなくなってきたの。
「何かを成し遂げたい」っていう気持ちで日々を過ごすよりも、
「私は、Chichiである」っていうような感覚が続いてる。
「Chichi=有名ブロガー」でも、「Chichi=スーパーモデル」ではなくって、
世間的には、「Chichiって何なの?」ってなるんだけどね。
別に、そんなことは、関係ない。
肩書きがなくても、他人に認知・賞賛されないとしても、
自分の好きなものや性格、誰かとの関係性を通して、
私自身が「私は、Chichiである」。って思える感覚。
”自分がどんな人間なのか”を実感できるようになった感覚が、
焦りや不安を吹き飛ばしてくれてるように思う。
『自分の居場所』ができて
どうして、こんなふうに変わったのか。
複雑に、いろんな出来事が重なって、
少しずつ、そんなふうに変わっていったんだとは思うんだけど、
1番大きな影響は、
彼氏(深い絆を感じることができる存在)ができたことだって思う。
愛を与え合う関係の中、誰かとの関係の中で、
”自分がどんな存在なのか”を、実感できるようになっていった。
深い絆を感じられる相手と過ごす時間の中で、
自分の明るさや優しさ、ユーモアなどの自分のアイデンティティが、誰かに届いているような感覚。
ドリンクを用意してあげる、疲れている彼を気にかけてあげるなど、誰かとの関係性の中に存在しているような感覚。
社会の中での自分の立ち位置が定まっていないとしても、
「私は、Chichiなんだ」って、思える感覚ができた。
『何かを成し遂げる』とは?
「何かを成し遂げたい」っていう気持ちは、まだあるにはあるんだけどね。
でも、「絶対じゃ、ないな」って、少し力が抜けた。
または、
『何かを成し遂げる』ということ自体への定義が変わって、
『(自分という人間を確立させた上で)
(世間に対してじゃなく)ある関係性の中で、自分として生きること(結果として、誰かの役に立つこと)』
が、
『何かを成し遂げる』ということなのかもしれないって、
思うようになった。
「明るさ」を持っているなら、笑顔の挨拶を通して誰かの役に立つことも、
『何かを成し遂げる』ということ。
「植物が好き」な心を持っているなら、毎日お水をあげて大切に育てることだって、
『何かを成し遂げる』ということ。
に、
なるのかもしれない。
別に、世の中全体に影響を与えられるような、大きなことをしなくたっていい。
自分らしく生きて、その結果として、
(少しでもいいから)誰かの役に立つことができればいいよね。
そして、そう考えると、
私はすでに、何かを成し遂げているのかもしれない。
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