「結婚というカタチ」より、意味があるもの。それは日々の小さな愛のカタチで

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「結婚というカタチ」に、不思議なほどにもう、こだわらなくなった。

 

それは、「結婚届け」や「夫婦」というカタチよりも、

日々の、小さなところで継続的に感じられる『愛』の方が、

私が人生でほしいものだって、確信できたからだと思う。

 

今では彼に、小さな『愛』をたくさん感じさせてくれること対して、

すごく感謝もしてるの。

小さな、大切な、『愛』のカタチ

二人のじかんを、大切にしてくれる

例えば、”二人のじかんを、大切にしてくれること” に、『愛』を感じてる。

 

どんなに忙しくても、会ってくれる(会う努力をしてくれる)。会ったときには、喜びを表現してくれる。

みたいなことにね。

 

私と彼氏との家の距離は、車だと10分なんだけど、

徒歩だと1時間、バスでも1時間強の距離にあって、

通えない距離ではないけど、面倒臭いと言えば、面倒臭い距離。

 

私も彼の家に行くんだけど、

半々の頻度で、彼も私の家に遊びに来てくれていて、

 

「この日は私が遊びに行くね。この日は、遊びに来てね」

って彼のシフトを見て、二人の予定を提案すると、

毎回いつも、「OK」って、快く承諾してくれるの。

 

これって、気づきにくいけど、『愛』だよね。

 

疲れていても私のために時間を使ってくれること、「会いたい」って言ってくれることは、

女性にとっての大きな幸せだって感じているところ。

 

私のためになることを、してくれる

「ここに行きたい」「これがしたい」って言ったことを覚えていてくれて、実行してくれることにも、『愛』を感じてる。

 

「ロマンチックやサプライズが好き!」って言い続けてたら、

「ロマンチック/サプライズが好きなんでしょ?」って、たまに小さな演出をしてくれたりとかね。

 

直近で感動したのが、お腹にガスが溜まりすぎて倒れちゃったとき(笑)。

その数日後、「お風呂場に来て」って言われて入ってみたら、

中にはキャンドルが並べられていて、浴槽にはお湯が溜められ、スパミュージックが流れていて、

お腹をマッサージしてくれたの。

 

身体が弱っているときだったから余計に、心に沁みた『愛』だった。

私の健康を心配/考えて、そしてロマンチック&サプライズな演出で私を喜ばせようとしてくれての行動には、大きな価値があるよね。

 

私の幸せを、願ってくれる

『相手の幸せを、自分の幸せにできること』。これって、究極の『愛』のカタチだよね。

そして、”誰かが私の幸せを、心から願ってくれている” ことって、それ自体が幸せを運んでくれるの。

 

そして、「彼は私の幸せを願ってくれてる」って、

大きな言動からじゃないけど、小さなことから節々で、感じることがある。

 

例えば、

「ファッションショーへの出演が決まったよー!」とか、「YouTube動画の再生数が良かったー!」とか、

私にとってのいいニュースを報告すると、

彼は穏やかに、嬉しそうな表情を見せてくれるたりね。(ポーカーフェイスの彼だから、どことなくの表情で)

 

逆に、私が結婚できないことの件について数日間泣いていたときは、

心配してくれていたのが伝わってきた。(ポーカーフェイスの彼だから、どことなくの表情で)

 

彼に「愛のコミットメント」をもらって、ようやく涙が止まったときには、

「もう、泣かない?」って、聞かれて、

「嬉し涙はいいけど、悲しくて泣いている姿はもう見たくない」っていう言葉には、重みがあった。

 

その瞬間、大きな『愛』を感じたの。

 

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「結婚」のカタチにはこだわらず

正直ね。

「結婚できない」

っていう事実を受け止めなきゃいけなかったとき、

彼との「破局」のことが、頭をよぎった。

 

彼のことは愛していたけど、一緒にいることで悲しくなるんなら、

もしかして、

自分を守るために、彼とはもう、一緒にいない方がいいんじゃないかってね。

可能性としてだけど。

 

「破局」を選ばなくって、本当に良かったって今では思う。

 

「結婚」というカタチにこだわっちゃったら、

今ある『愛』、私がずっと人生で求めていた『愛』を、失うところだった。

私は、『愛』を選ぶ。

「結婚」というカタチに大きな意味を持つ人もいるし、

その意見も私は大いに、尊重する。

 

でも、私の場合は。

「結婚」じゃなくて、『愛』を選ぶことにした。

 

そしてもし、私と同じような課題にぶち当たっている人がいるとしたら。

 

小さな『愛』が、日常にどれだけ溢れているか、

そして、その『愛』にどれだけ、幸せを感じているのかを、

丁寧に自分に、問いかけてみてほしいな。

 

「結婚してください」のプロポーズがなくても、

「一生あなたを、幸せにします」みたいな大きな愛の誓いがなくても、

 

私の人生が、『愛』でいっぱいの日々なら、

 

結婚しない人生も、

私の幸せな人生になるって、思うの。

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