結婚せずに、「事実婚」という生き方のメリット。二人の中に、愛があるなら

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

約2ヶ月ほど前、

彼氏から、「人生で、(誰とも)結婚したくな。結婚に価値を感じない」

と言われたときは、

自分でもびっくりするくらいにショックを受けてしまっていたんだけど、

 

今では「結婚しない生き方」を受け入れられるようになってきて、

そして、むしろ、

結婚せずに、『事実婚』というカタチの方が、

結婚というカタチで生きるよりも、いいんじゃないかな?

とさえ、思うようになってきた。

 

✍️「結婚したくないと聞いてショックを受けたときの記事は、こちら

あわせて読みたい
「結婚は、したくない」でも「一緒に人生は歩みたい」。「結婚しない人生」も女の幸せ? こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼   彼と付き合って、9ヶ月ほど。 私の中では順調に愛が育ってきていて、 彼との将来も、自然に描き始めてた。  ...

「覚悟」と、「愛」があることが、一番だから

そう思うようになってきたことの、一番の大きな理由は、

自分が価値を置いていることが、明確になったこと。

 

ちなみに、このブログで言いたいのは、

『結婚」が良くない・メリットはないとか、『事実婚』が良い

とかっていうことじゃなく、

 

ただ、私の考えや合っている生き方について、

私なりの発見があったってことを共有したいんだけど、

 

「結婚しない生き方」に、なんだか悲しい気持ちになってしまっていたのは、

それが、「愛しぬく覚悟」や「愛への本気度」の欠如のように受け取ってしまっていたからだって、

自分の気持ちに気づいたの。

 

「結婚する」ということが、

「一生かけて、あなたのことを愛し抜きます」「僕の人生からあなたのことを、手番したくない。一生一緒にいたい」

っていうメッセージで、

それは私にとって、すごく価値を置いているものだったから。

結婚しなくても、共に、生きられる

そして今では、「結婚」ということ自体が、

「愛しぬく覚悟」や「愛への本気度」への誓いだとは、捉えなくなって、

「結婚」というカタチにこだわらなくなった。

 

ある日、彼氏から、

===

「あなたと私」(表)

「共に生きる」(裏)

===

っていうメッセージをもらったんだけど、

 

そのメッセージを見た瞬間、

婚姻届以上、結婚式での誓いの言葉以上の、

深い愛の誓いとして、私に響いたの。

 

もちろん、そんなに単純に心が動いたわけじゃなく、

そのメッセージをもらう前からの言葉のやり取りや、彼の小さな愛の行動などがあってのことなんだけどね。

 

『愛』というものは、

それが本物の愛かどうかは、カタチで判断できるものじゃなく、

常に、”二人の中にあるもの”なんだ。って感じたときに、

別に、「結婚というカタチにこだわらなくても、いいかもしれないって、思ったの。

 

✍️「あなたと私 共に生きる のメッセージをもらったときのブログ」にも遊びにきてね

あわせて読みたい
『愛』は、証明しなくてもいい?「結婚」というカタチがなくても、私が確信できるなら こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼   付き合っている彼氏には、”「結婚」の意思がない”って知ってから、 数日間。 ✍️「結婚の意思がない...

結婚のメリットは

”二人の中にある愛”に重点を置くようになったあと、

私も彼と同じように、「結婚」というものにそこまで、メリットを感じなくなった。

 

逆に、

苗字を変えなきゃいけない(書類も変えなきゃいけない)、お金の揉め事が増える、

ということに、デメリットも感じてしまって。

 

『共に生きる』けど、

各自、自分の人生に責任を持って生きる生き方の方が、

私には、合っているかもしれないって。

ヨーロッパでは多い、『事実婚』

実際、

日本ではあまり馴染みはないけど、ヨーロッパでは『事実婚』も多い。

カタチにこだわらないカップル、結婚に価値を感じないカップルが多いの。

(と言っても、『結婚』を選ぶカップルの方が多いけどね)

 

キリスト教の影響(離婚できない)、手続きの手間(別の国同士の結婚だと、書類の準備などに多くの手間がかかるみたい)など、

日本にはない背景も、『事実婚』を浸透させていて、

 

『事実婚』が当たり前であるヨーロッパに住んでいるおかげで、

私も『事実婚』の考え方を、より受け入れられたんだと思う。

ちなみに

ちなみに、日本での『事実婚』においての大きなデメリットは、

パートナーの緊急事態、死に際なんかに、立ち会えない。っていう点。

 

知り合いの知り合いの話しなんだけど、

書類上で家族じゃないことで、ICU に入ることが許されず、

『事実婚』として何十年も一緒に人生を歩んだパートナーの死を看取れなかった人がいたらしく、

その話しを聞いて、心がすごく痛くなった。

 

一方で、ヨーロッパでは比較的、『事実婚』でもICU に入ることが認められるケースが多いの。

ヨーロッパでも認められなかったら、私は、『事実婚』という生き方を選べなかったかもしれない。

『事実婚』でも、二人の中に愛があれば

自分の考え方の変化と、ヨーロッパにおける『事実婚』への対応みたいなもののおかげで、

今ではすごく、『事実婚』という生き方にも、魅力を持つようになった。

 

「結婚」していなくても、

 

二人で共に、人生を歩んで、

支え合って、愛を育んで、

死を、見届ける。

 

そんな生き方はできるし、

 

そして、

「結婚」というカタチがない分、

愛し抜く努力、愛を示す努力を、

お互いにしていけたらいいなって、

今では思うようになったの。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

if you like this, please share
  • URLをコピーしました!

comment

コメントする

CAPTCHA