”好き”って気持ちだけで一緒になれるのは、
長期的な関係を意識していない頃までなのかも?って、思う。
”好き”でも
お互いに”好き”だったとしても、それだけでリレーションシップを築けないのが、最近の恋だなって、思うの。
どんなにその人のことが好きでも、リレーションシップへの向き合い方や恋愛への優先度がズレていたら、
幸せにはなれない。って、気づいた。
”会いたい”頻度
例えば、連絡やデートの頻度。
私の中で恋愛は、けっこう優先度が高いから、
毎日連絡取りたいし(数通でいいけど)、デートも週に2,3回はしたい。(最低でも週に1回は)
相手がもし、それ以下を求める人だったら、
ちょっと辛く、なっちゃうんだよね。
「なんで連絡くれないの?」「なんで会ってくれないの?」って、小さなストレスが溜まっていく。
相手も私のことを好きだとしても、
私に対する優先度が低いように感じてしまって、孤独感も生まれるの。
恋への向き合い方
いつまでも経っても彼の友達に紹介してもらえなくても辛いだろうし、
真面目な会話ができなくって、将来の二人の話をできなくても、辛くなる。
例え一緒に時間を過ごしたとしても、
お互いがちょっとズレた、別の次元にいるみたいな気分だよね。
相手にとってはただ、”いま”がそのタイミングではないだけなのかもしれないんだけど、
”いま”求めているものが、お互いにズレていることは、
恋愛における大きなズレになっていくんだと思う。
自然に、合う相手
今思うのは、
一緒にいるべき相手とは、『”自然に”導かれる相手』なんだな。ってこと。
「連絡の頻度を抑えなきゃ」とか、「会わないって言わないようにしなきゃ」とか。
または逆に、
「連絡が多くてめんどくさいな」とかって思わずに、
自分が求めている分だけ、相手も求めているから、
我慢することなくストレスなく、自分が求めるがままに相手も答えてくれる相手。
パーソナリティーの相性も、もちろん大事なんだけど、
基本的なところを受け入れられて、最低限の愛がある相手なのであろうが、
大恋愛的な、燃えるような愛がない相手だとしても、
結果的に、結ばれるのは、
求めているものが同じの、自然に導かれた相手なんじゃないかなって、思う。
恋愛で、辛いのは
ある心理カウンセラーが言っていたんだけど、恋愛で辛いのは、
『愛を、止めること』
なんだって。
『愛したいのに、愛せないこと』。
私の経験だと、
『もっと愛したいのに、その愛に感謝されないこと』があって、
そのときすごく、辛かった。
愛を拒絶されだような気がして、辛かったの。
本当は、自分の愛に対して感謝されて、その分かそれ以上に、愛を返してほしいのに。
愛で満たされることが
愛を止めずに済むこと。愛を注いでもらうことが幸せなのだとすると、
”どれだけ好きか”ということよりも、
”どれだけ自分の愛に感謝してもらえるか” 。つまり、求めているものが同じ相手と結ばれることが、
幸せに繋がるんじゃないかって思う。
相手と出会うタイミングって、
すごくすごく、大切なんだなって、知ったの。
愛は、後から
もちろん、”愛”は必要。
求めているものが同じ。ってだけでは、良い関係はつくれない。
私が言いたいのは、
”後から追いかけてくる愛”も、あるんじゃないかな。
って、こと。
今はまだ、燃えるような恋じゃないとしても、
時間が経って、信頼や尊敬が増していって、コネクションが強くなっていったときに、
「この人が、一番なんだ」って、
愛が、大きくなっていくように思う。
燃え上がる恋に導かれそうになっちゃうけど、
ゆっくりと燃え上がる、育てるカタチの愛が、けっこう大切なのかもしれないな。
コメント