こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼
マルタに移住してから、
”美しさは多様だ”って、
大きく学んだの。
おそらく、いろんな人種の人が住んでいて、
人によって見た目が全然違うことや、
他人をジャッジしないというか、自由というか、
50代の人でも肌を多く露出していたり、
お腹が出ていたとしてもヘソだしルックをしたり、
それぞれが自分のスタイルを持っていることが、
大きく影響していると思うんだけど。
このままで、いっか
だから、マルタに移住してから少し、
美への意識が、落ちたように思う。
「ちょっとお腹が出てきたかな?」って思ったとしても、
「まぁ、いっか。このままで。受け入れよう」
みたいに、
”ありのままの自分を受け入れる”ことを、
ちょっと怠惰な方向で捉え直しちゃって、
だんだんと、美に対して堕落的な考え方に…
「自分らしいのが、1番!自然な姿が1番!」って、
自分を磨くことを、怠り気味になっちゃってたんだよね。
自分の美に、納得してない
「もっと綺麗になりたい。改善しなきゃ」
って、また思い始めたきっかけは、
この前出場した、ファッションショー。
ラナウェイの自分の姿をビデオで見て、客観的に見て、
「脚の踵部分を細くしたいな」「ふくらはぎを細っそりさせたいな」
って、
自分のなりたい姿の像のレベルが、上がっていったの。
これは、いい意味での、自分の美に納得していない。
ね。
他人と比べて自分を悲観するとか、
自分の醜さをただ嘆くみたいなことじゃなくって、
「もっと自分を磨きたい(もっと輝けるから)」っていう、
ヘルシーな欲求が、ウチからどんどん込み上げてきたの。
納得できる、美で
踵が細っそりしていないと美しくいとか、ふくらはぎがパンパンだと美しくない
っていうことでは、ない。
私が言いたいのは、
”本人が、納得している美の姿であるべき”
ってこと。
この姿で、私は美しい。って、心から納得しているなら、
どんな美のカタチであれ存在し、それこそ多様性。
私は胸が小さいけど、結構納得してるし、
顔のエラにも、納得してる。
コンプレックスに思っていた時期もあったけど、
今では私の中の、個性的な美の1つになったの。
だから、特に努力して変えようとは思ってない。
でも脚については、全然納得していないから、
これは努力で、ちょっとでも自分の理想に近づけるように、努力するって決めたの。
もっと輝ける自分に、ワクワク
体型を変えるって、簡単なことじゃないし、
毎日コツコツと、本当に地道にコツコツとやっていくしかないんだけど、
でも、未来の自分がもっと輝けるかもって思ったら、
今すごく、ワクワクしてる。
それに最近、
脚を細くするための、運動というか、
脚の使い方を変えるための歪みの整え方、ストレッチの仕方などをみてるんだけど、
身体の繋がり、身体の使い方と外観との関連性を知ると、
すごく面白いの。全てに納得しちゃって。
ちなみに私のお気に入り美脚トレーナーさんの1人は、こちら。
まずは足裏を鍛えるところから始めて、
絶対に美脚を手に入れようって、燃えているところなの。
心から愛せる美しさ”を、絶対に手に入れたいから。
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