友達に、理想像を追い求めない。思いっきり笑える瞬間があるなら、いいのかな

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

2024年も、2025年も、

友人関係について、たくさん悩んだ年だった。

 

マルタに移住して、友達をゼロからつることになって、

”選り好みして”、友達をつくったともいえるの。

 

人生のストーリーを共有していけるような、

上部だけの付き合いじゃなくって、愛のある関わり方がしたいって思って、

 

同じように愛を持って接してくれる人、

一緒にいて心地よい人を、

選んでいった。(または、そうなるように、心がけた)

理想を描きすぎて

恋愛とも一緒かもしれないけど、

友達に、理想を描きすぎて、

たくさん悩んじゃったように思う。

 

「すごく愛を持って接してくれるけど、◯◯なところが嫌だ」

って、

嫌なところが見つかると、「なんでそうなの?」って、

どんどん許せなくなっていって、

 

一時期、縁を切っちゃおうとも考えた友達だっていた。

 

どういう友達をそばに置いて、友情を育むべきか、

たくさん、悩んだの。

心に静けさが戻って

それがいまは、

不思議なことに、心に静けさが戻ってきてる。

友人関係で、ゼロと言ったら嘘になるけど、ほとんど全く、悩んでない。

 

静けさの波が、自然に戻ってきたみたいで。

 

思うことがあった友達に対しては、距離を置いて心の静けさがやってくるまで待つようにしていた。

っていうのもあるんだけど、

心に静けさがやってきたのは、

私に彼氏ができたことと、そして、彼氏ができたことで、私の心が満たされるようになった

ってことが、大きい。

愛を、求めてて

私の彼には、すごく安心感があるの。

受け入れてくれる、包み込んでくれる、助けてくれるっていう、

私の存在を、抱きしめてくれるような、存在。

 

彼氏ができる前も、心は満たされてるって思ってたんだけどね。

 

でも、私が充分だって思えるほどの”愛”が周りにはなかったから、

「愛がほしい」って、心が渇いていて、

飢えた状態では、友達に求めるものも、欲張りになっていった。

それが、満たされるようになって

彼が、私の心を愛で満たしてくれるようになって、

心に静けさ、穏やかさが、生まれるようになった。

 

そしたら、余裕ができたって言えばいいのかな。

他のものに、過度に期待しなくなってきて、

友人関係に対しても、そう。友達に、過度に期待をしなくなったんだと思う。

 

あれも、これも、こんなふうな友達がいい。

って思っていたのが、

「◯◯ちゃんの、◯◯なところが好き」って、

その人の持つ素晴らしさにフォーカスできるようになっていったの。欠点にじゃなくって。

大切な、存在だった

完璧な、私の理想像の友達って、いるわけがない。

 

日本にいた友達で、驚くくらいに話が弾んで、居心地が良くって、

すっごく大好きだった友達もいたんだけど、

その人物像を追いかけるのだって、よくない。

 

完璧じゃなくても、

思いっきり笑い合える瞬間があるなら、いいよね。

私のことを理解しようとしてくれるなら、いいよね。

私が困っている時に、手を差し伸ばしてくれる存在なら、いいよね。

って、

自然に期待しなくなっていって、

 

今感じさせてくれている友情の愛、人生を共有してきたこれまでの歴史に、

すごく感謝できるようになった。

いま私のそばにいてくれている人たちの大切さに、改めて気づいたの。

自分の心情の変化で、友達に対する見方ってこんなにも変わっちゃうんだ。って、

そういった驚きもある。

 

自分の心が乾いたままだと、いつまでも何かを求め続けて、

けっきょく誰とも、真の友達って言えない。 みたいなことも、あるんだろうな。

 

友情関係は、自分の成長や心境の変化とともに変わっていくものだし、

途中で切れる縁、切らなきゃいけない縁だって、あるはずだけど、

でも、

理想像を追いかけすぎて、完璧さを求めて、

友達の基準を、見失ってはいけないよね。

 

✍️「友達の基準」について書いた記事にも、遊びに来てね

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