「ゴースティング」=”放っておく”だった? でも、「終わってよかった、恋」

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

「デーティング期間」というものがある、ヨーロッパの恋愛スタイル。

 

日本にはない恋愛文化だから、戸惑うことも多いんだけど、

 

✔️多くの恋愛経験を通して、より自分に合う人を見極められる

✔️失敗を通して、「自分に合う人/合わない人」の自分なりの基準が持てる

✔️カップルになった際には、深い絆がある

 

みたいなメリットがある「デーティング期間」に対して、

私は結構、肯定的に捉えてるの。

でも、

1つだけ。

 

「デーティング期間」に対してすごく、

今でもとっても、大嫌いなことがあって、

 

それが、

「ゴースティング」

というもの。

 

「ゴースティング」を通してたくさん傷つきもし、

そして、自分の恋愛観についてより深く考えるようになり、

 

ただ、”嫌だ”とう感情だけじゃなく、

「ゴースティング」に対してたくさん、思うことがある。

突然訪れる、大嫌いな「ゴースティング」

まず、「ゴースティング」という言葉。

日本ではあまり馴染みのない言葉かもしれないんだけど、

ヨーロッパの恋愛ではよく使われる言葉で、(日本の恋愛でも、マッチングアプリで使われるかも?)

そして実際、

「ゴースティング」とう行為が、ヨーロッパの恋愛では行われてしまう。(ことがある)

「ゴースティング」とは?

「ゴースティング」の意味は、

「ゴースト=幽霊」から由来されていて、

 

「ゴースティング」とは、

幽霊のようにある日突然、

姿を消す/連絡を断つって、

消え去ってしまう行為のこと。

 

毎日連絡を取っていたのに、

継続的にデートをしていたのに、

”好きだよ”と、ラブラブな状態だったのに、

 

それなのに、突如…。

 

理由を説明されることなく、

何の一言もなしに、

 

”消え去ってしまう”

 

ということが、

「デーティング期間」には、起こってしまうの(可能性がある)。

「ゴースティング」は、ダメージが大きい

私はこれまで、なん度も「ゴースティング」された経験があり、

本当に、大嫌いだって、思う。

 

過去に「ゴースティング」された経験がある人に、分かってくれると思うんだけど、

 

「ゴースティング」って、

本当に本当に、心のダメージが、大きい。

 

「君のことは、好きじゃない」「他に好きな人ができたんだ」みたいな、

関係の終わりを告げられることよりも、ダメージは大きいんじゃないかな。

ゴースティングには、「期待」が残る

「ゴースティング」のダメージがこんなに大きいの理由は、

まずは、「期待」をしてしまうから。

 

もし、何かしらの終わりを告げらているなら、

「私たちは、終わったんだ/相手は私に、好意がないんだ」という明確な事実を

(その事実は辛いけど) ”受け入れる”ことさえできれば、

前に進めることができる。

 

でも、「ゴースティング」の場合は、

終わったのかそうじゃないのかが、明確になっていない状態。

 

「え、何が起こったの?」

っていう混乱で、

状況を理解することができず、

 

しばらくの間は、

「もしかしたら、今きっと、忙しいだけなのかも(後で、連絡が返ってくるかも)」

っていう、「期待」だって持ってしまう。

 

だから、

「関係が終わった」という事実に向き合うことさえできず、

向き合えないからしばらく、事実を受け入れられないまま、

心が迷子状態になってしまう。

ゴースティングは、前触れなく

そして、「ゴースティング」の別の辛さは、

前触れなく、突然やってくる…(場合がほとんど)という点。

 

「なんか最近、冷たく感じるな…」「連絡の頻度が減ってきるような…」「他の女性と会っている気配がする…」

みたいな兆候があればまだ、

姿を消されてしまったことへの理解が追いつくかもしれないんだけど、

 

私の場合は全部、

前触れもなく突然に、

姿を消されてしまった。

 

連絡をしたら、返信が来なくって、

「そしてそのまま、フェイドアウト…」

みたいな。

ゴースティングされると、不安体質に

そして、一度

「ゴースティング」された経験をしちゃうと…。

 

誰かと「デーティング期間」で、ラブラブで幸せだったとしても、

「また「ゴースティング」されたらどうしよう…」

っていう不安が、消えないんだよね。

 

不安体質に、なってしまう。

 

ラブラブな状態だとしても「ゴースティング」がやってくる可能性は否定できないから、

正式に「リレーションシップ(恋人関係)」になるまでは、

どこか、不安があるかもしれない。

私が受けた「ゴースティング」経験談

私の「ゴースティング」経験で、一番心のダメージが大きかったのは、

 

「彼のこと、愛してる?」と思えるまでの深さで、

相手の中身を知って、未来も考えて、大好きになったマルタ人の相手からの「ゴースティング」。

 

デートでは素敵なディナーに連れて行ってくれたり、花束をくれたり、

私が「行きたい」ってお願いしたゴゾ島やディングリクリフトなんかにも連れて行ってくれたりして、

彼も私のことを、すごく大切にしてくれてた相手だった。

 

このまま順調に、リレーションシップ(恋人関係)になれるって、

心の底から信じて、疑わなかった関係だったの。

 

それが、

「ゴースティング」が訪れたのは、本当に突然だった…。

デートの約束の当日、急に

マッチングアプリで出会ってから6ヶ月くらい経った頃だったかな。

 

デートの約束の当日、急に連絡が取れなくなって、

そのまま、「ゴースティング」されたの…。

 

「ゴースティング」された数日前までは、

小麦粉の上に描いたハートの写真を送ってくれたり、「I miss you」って言ってくれたりしていて、

だから、関係が終わるなんて本当に

全く、予想していないことだった。

 

連絡が取れない当日は、「事故にでもあったのかな?」って心配したし、

その次の日は、何度も携帯の通知をチェックして、「あれ、ゴースティングされたの?」って不安になって、

でもまだ、「いや、きっと何かあって、連絡が取れないに違いない」って、自分に言い聞かせたりしてた。

 

そして1週間くらい経ってようやく、

「これはもう、「ゴースティングされたんだ…」って、自分の中で受け入れたと思う。

 

でも、完全には受け入れきれなくって、

 

たまにふと、彼のことを思い出しては泣いて、

いつかまた、連絡を送ってくれるんじゃないかな?ってことを、期待しちゃったりしてた。

 

心の傷を癒す前でに、1年以上はかかったと思う。

 

「期待」が、

前へと進めなきゃいけない自分を、引き戻しちゃうんだよね。

「ゴースティング」された経験で、私が学んだこと

なんで、「ゴースティング」するの?

「どうして「ゴースティング」するの?」

「消える前に、何か言いなよ?」

って、当時はすごく、ムシャクシャした。

(今も、そう思う)

 

まだリレーションシップ(恋人関係)ではないとしても、

「デーティング期間」を通しての、それなりの関係はあるんだから、

 

ケジメをつけるのが、大人というか、礼儀というか。

責任ある行動を、とってほしいじゃない?

 

でもきっと、大半の人は、

 

「話をするのって、面倒くさい」、

「責任はないから、別に消えてもいい」って、

 

簡単にできてしまう、

「ゴースティング」行為を選ぶんだろな。(ムカつくな)って、

思ってたの。(今でも、そう思っている部分もある)

「ゴースティング」= ”何もしない”だった?

それが、最近は…。

 

「ゴースティング」する人って、

ただ単に、

 

『”何もしない”(放っておく)

= ”(結果として)「ゴースティング」になる” 』

だったのかな?

 

とも、考えるようになった。

 

「デーティング期間」という曖昧な関係においては、

わざわざ”関係を断つ” 必要性がないから、

だからただ、

”何もしない”(”放っておく”)。

 

ただ、それだけ。

 

『”何もしない” = ”(結果として)「ゴースティング」になる” 』

例えば、仲の良い友達がいたとして。

 

「なんか、一緒に遊びたい気分じゃないな」っていうときは、

その相手から連絡が来たとしても、

 

「もう、君とは友達になれない」

とはわざわざ返信せずに、

 

ただ、連絡をしばらく、放っておいたりしちゃわない?

(良いことか/悪いことかの話は、おいておいて)

 

関係を切りたいわけではなく、

ただ、”会いたくない”…。 っていう状態。

 

「ずっと、ここに、いるよ?」

先ほど記載した、ゴースティングされたマルタ人の彼についての後日談なんだけど、

実は、

ゴースティングされて数ヶ月後くらいにまた、連絡が取れたの。

 

「ゴースティングされた理由を知りたい」っていう気持ちが

いつも心の中にあって、

そして私の誕生日に、勇気を持って連絡を送ってみたら、

 

すごくあっさりと、返信が返ってきた。

「ハロー!元気?」

みたいな感じで。

 

拍子抜けしちゃうほどに、すごくラフなメッセージだった。笑

(こっちはあんなに泣いたのに!笑)

 

「なんで「ゴースティングしたの?」って聞いたら、

 

「え、ゴースティング?僕はずっと、ここにいるけど」

って言われちゃって、

 

「この人、何言ってるんだ?」

って、その当時は思ったんだけど、

 

今考えると、

こういうことだったのかもしれないよね。

 

彼には、”消えた”という意識は全くなく、

 

ただ、”連絡をしたくなかった/会いたくなかった から、

返信しなかった。

っていう、

ただ、それだけ。

 

ゴースティングされた側からすると、

”だけ”じゃ、すまいんだけどね。

 

でも、もしかしたらきっと、

「ゴースティング」する側の心理は、

そういうものなのかもしれないって、思い始めたの。

 

リレーションシップ(恋人同士)であれば、

”何もしない”(”放っておく”)行為なんてできないから、

 

無理してでも会う/話し合いをするで、

「ゴースティング」なんてできないけど、(する人もいるかもしれないけど)

 

「デーティング期間」であれば、

”何もしない”(”放っておく”)が、簡単にできてしまう…。

「ゴースティング」は、”終わり”の印

「ゴースティング」=”何もしない”(”放っておく”)

であれば、

 

「ゴースティング」=”終わり”

とうわけでは、なくなる。

 

「ゴースティング」=関係が切れた

わけじゃ、ないからね。

 

これって、

「ゴースティング」された後にも、チャンスはある。

とも、言える(?)

 

私の経験を通して思うことは、「チャンスはまだある」って思うし、

そして私自身が過去、「また関係を築きたい」って、思ってもいた。

 

実際問題、

「ゴースティング」されて、ものすごく時間が経ってから連絡をもらったことがあったし、

「ゴースティング」されてからも忘れられず、数ヶ月経ってもう一度連絡をとって、再会した人もいた。

 

でも、

私の場合は全員、

一度「ゴースティング」された相手と再びうまく恋愛が進んだことは、なかった。

 

だから今では、

「ゴースティング」=”終わり”

とは言えないけど、

 

でも、

『一度「ゴースティング」した相手の元には、戻らない方がいい』

って、

強く思うようになった。

 

「ゴースティング」で終わって良かった、恋

そう思うようになったのは、

「戻らなくて良かった」と思う、過去の恋愛を通して。

 

例えば、

先ほどから例に出しているマルタ人の彼との経験では。

 

彼が「ゴースティング」した理由は、(彼の中では「ゴースティング」じゃないにせよ)

”誰かを本気で愛することが怖い”

というところが、大きかったの。

 

「私は、本気で誰かを愛したい。そんな恋愛がしたい」って伝えると、

彼は、「誰かを愛したいか、分からない。怖い」

みたいな、回答。

 

「ゴースティング」後の対話で、

恋愛で求めているものが、彼と彼とでは大きく違う。ってことが、

判明したの。

 

「ゴースティング」されず、彼とあのままデートを続けていたら、

きっともっと、たくさんの素敵な時間を過ごせたとは思うんだけど

 

でも、

”本当の意味で”の、

素敵な時間かというと…。

 

”『私が求めているもの”を手にすることは、

いつまで経っても、(彼が変わらない限りは)なかったんだろうなって思う。

 

そういう意味では、

彼と”終わり”を迎えられて良かったって、

今ではそう、思えてるの。

 

終わるべきして終わった、恋だった。

別のゴースティングも

他のゴースティングの理由は、単に、

「そこまで私の本気じゃなかった」とか、「他に夢中になる人ができた」とか、

そんな理由だと思う。(理由を聞いてないから、真実は分からないけど)

 

でも、理由がどうであれ、

「放っておいてもいい(失う可能性はあるけど、それでも良い)」

と思われてしまった。というのは、事実。

 

自分のことをもっと愛するようになった今、

”放っておかれる” ってことに対して、

「私の価値を見抜いてないってこと?」って、腹がたっちゃうの。

 

彼が、「関係を断ちたい」 とまでは思っていなかったにせよ、

 

「Chichiと関係を築きたい(その努力をしたい)」と、

私の価値を、見抜けないかった相手。

 

そんな相手と一緒にいて、幸せになれるのかな?…

って、思う。(可能性はゼロではないけど、少なくとも自分からは、追いかけない)

二人の関係を大切にするための、努力は?

先ほど、

「「ゴースティング」の前触れは、ない」

って書いたんだけど、

 

厳密にいうけど、

『「ゴースティング」の前触れはない。

けど、「ゴースティング」が訪れることに納得もできる』

っていうような関係性だって、

思う。

高いコミットメントで?

過去、「ゴースティング」された関係を振り返ると、

 

お互い好きだったし、楽しく時間を過ごしていたけど、

でも、

「高いコミットメント(その関係にどれだけ時間や労力を使う意思があるか)だった?」

って聞かれたら、

 

「そうじゃなかったかも…」

って、

気がするの。

 

✔️仕事が忙しくても、私とデートしたいと思ってくれてた?

✔️疲れていても、デートのドタキャンはしなかった?

✔️わざわざ私のところまで、会いにきてくれた?

 

そういった、『デートへの優先度、本気度』の高さを思い返してみると、

私が思っていたほどに彼は、

私たちの関係を”重要なもの”としては、捉えていなかったように思う。

現在の彼氏との、「デーティング」は

逆に、

今の彼氏との、

「リレーションシップ(恋人関係)」に至るまでの「デーティング」期間。

 

彼のコミションは、とっても高かったと思う。

 

✔️デート日を作るために、(仕事で忙しくても)努力してくれる

✔️デートの日程を、前もって決めてくれる

✔️数時間しか会えないとしても、「会いたい」といってくれる

✔️デートのドタキャン、ゼロ

みたいな。

 

それに加えて、

私の恋愛観が少し変わって、

 

「(私は自分で自分を幸せになれるから)

私を幸せにできない相手は、(こっちから)お断りよ」

みたいな、

 

相手に幸せを依存せず、

ただ、”相手を理解する” ”自分との相性を確かめる” といったマインドセットで相手と向き合った「デーティング期間」だったこともあり、

 

「お互いに、”深く”理解した」という感覚、

心を許し、自然体でいられる、安心感、

”今”がそのまま延長し、このまま”未来”が作られていく感覚、

 

そういったものを築くことができたが「デーティング期間」でもあった。

 

『彼と、私じゃなきゃいけない理由』が二人の間にできたおかげもあり、

「ゴースティング」されることなく、順調に恋愛が進み、

無事に

「リレーションシップ(恋人関係)」の関係へと、なれたんじゃないかな。

自分に相応しい相手を、見つけるために

「ゴースティング」されるかも?

って思っちゃうと、

「デーティング期間」は、少し、居心地が悪くなってしまうことがある。

 

「ゴースティング」されるときのダメージは、とっても大きいものだから、

仕方ないことではあるんだけどね。

 

でも、私たちに必要なマインドセットは、

「ゴースティングされないように」と不安になることでなく、

 

逆に捉えると、

「(忙しい中でも、多少合わないところがあっても)二人の関係を大切にするための努力をしてくれるか」

みたいな相手を見極めて、

心からの平和と暖かさ、安心感を運んでくれる相手を見つけること。

 

そしてもし、だけど。

もし、「ゴースティング」されてしまった場合は。

 

そのことについては悲しいけど、

でも、それは、

 

自分に相応しい相手は、その人じゃなかった。

自分に相応しい相手は、別のところに、いる。

 

というメッセージなんだと、

捉えるべきなんだって思う。

 

「ゴースティング」は嫌いだけど、

でも、

相手を深く理解した上で「リレーションシップ(恋人関係)」になれる「デーティング期間」を、

前向きに利用していきたいよね。

 

私の過去の恋愛は、

好きだった人に突然「ゴースティング」され、たくさん傷ついたことが多かったけど、

でも、振り返ってみたら、

「そもそも私たちは求めていた恋愛が違った」「そもそも私たちは、合わなかった」。

ただ、

それだけだったな。

って、思う。

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