「結婚」という“カタチ”を手放してみたら、自分が本当に欲しかった人生が見えてきた

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

私の彼氏は、「結婚は、したくない」と考えている人。

でも、

「結婚していなくても、「共に生きる」ことはできる」

って言ってくれて、

 

初めは、「結婚しない生き方」を受け入れることに抵抗があり、なぜかショックでもあり、

数日は、すごくすごく泣いたんだけど、

 

でも今では、『結婚しなくても「共に生きる」生き方』に、

心地よささえ、覚え始めた。

『私の人生の中に、彼がいる』と思えることが

『結婚しなくても「共に生きる」生き方』と言っても、

一緒にはまだ、住んでいないんだけどね。(一緒に住むプランを立ているところ)

 

でも、お互いに努力をして、

週に半分以上はどちらかの家に泊まるようにしていて、

 

そして何より、

一緒に住むことが、「共に生きる」ことの意味ではなく、

物質的な助けをすることもあれば、心の大きな支えになったりと、

”いつも、側にいる。味方でいてくれる。応援してくれる。日常を支え合う”

って、

『私の人生の中に、彼がいる』と思えることが、

「共に生きる」っていうことなのかな?

って、感じてる。

「結婚」じゃなくても

そう思えるようになってから、

「結婚」という概念にこだわらなくなり、

悲しみがなくなっていったんだと思う。

 

「結婚」というカタチ、指輪やペーパーよりも、

彼が”どんな態度で、行動で、私と向き合っているか” を重要視するようになって、

そして実際に、

サプライズをして喜ばせてくれる、会うたびに強く抱きしめてくれる、

みたいな些細な愛や、

「トレーニング頑張って」とか、「撮影どうだった?」とかって気にかけてくれる

みたいな私の人生への関与・応援。

 

彼の日々の態度・行動を通して、

平和的で安定した幸せを感じられるようになって、

 

私が求めている日々、人生って、

こういうものなのかな? 「結婚」というカタチは、絶対じゃないのかな?

って、考えが変わっていったの。

 

「将来、犬を飼おうね」「こんなビジネスができたら理想だよね」「リタイア後は船で旅するのもいいね」

みたいな将来の話をするときは、特に、

 

「共に生きる」生き方は、”現在”だけじゃなく

”未来”まで続いているんだって、

二人で共に歩む道が続いていることを実感できて、

 

『結婚していなくても「共に生きる」生き方』を

1つの選択肢として

私の人生の中に強く、描くことができた。

自分が欲しい人生ならば

「結婚しない人生」を突きつけられたときは、どん底に落ちたような気分だったんだけどね。

それが、今では…

 

大きな幸せを、感じられている。

 

自分でも、びっくりしているの。

過去の自分に対しても、

「なんでそんなに悲しいの?」って、

あのとき悲しんでいた自分の気持ちが、信じられない。

 

おもしろいよね。

 

愛し合っているなら「結婚」すべき。 (「結婚」しないということは、愛がないということ)

「結婚」したくない男は、責任を取りたがらない男。

独身の人生は、可哀想。

 

そういった、

自分の心の声じゃない、

自然と植え付けられていった他者の声が、

自分が本当に欲しいものを、見えなくさせてしまっていたのかもしれない。

 

彼が私のことを愛してくれて、

彼なりの表現で愛を示してくれて、

『共に生きる』ことができるなら、

 

私の人生に「結婚」がないとしても、

「それが私が欲しい人生なんだ」って、

そう思う。

 

「結婚」というカタチを手放したことで、

”「結婚」というカタチがなくても、自分が欲しかった人生はつくれる”

って、

自分が本当に欲しかった人生に、気づいたの。

 

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