シャイ人間にも、種類がある。社交的なシャイ人間の私と、リーダー的シャイ人間の彼

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

私と彼氏は、二人とも、シャイ人間。

 

私の場合、初対面で会った人はきっと、私のことをシャイだって思わないと思うんだけど、

場面によってはすごくシャイになるし、

小さい頃は超絶シャイで、お母さんの後ろに隠れているような子供だった。

 

彼の場合は、彼自身も「自分は、シャイ」って言っているんだけど、

初めてデートした日の印象も「シャイ」で、見るからにシャイで、

フレンドリー、オープン、みたいな要素を感じなくて、自分からはあまり話さないタイプ。

あれ、シャイじゃないの?

でも彼は、場面によっては全然、シャイじゃなくって、

この前、びっくりしちゃった。

 

それは、友達とのパーティで。

私の友達が主催するパーティーで、彼の友達は、そのパーティの中にはゼロ。

そんな空間の中で、彼が急に、みんなの前で饒舌に喋り出したときがあったの。

 

ある男性が、ゲームのルールに対して困惑というか、文句を言い出して、ちょっとカオス状態になっていたときに、

彼が、「リッスン!」ってみんなを静止させて、ルールの説明をし出した。

堂々とした態度とはっきりとした口調で、「あれ、シャイな彼じゃない!」って、私はびっくりしちゃった。

 

私はこの場面だと、絶対にシャイになっちゃうタイプだから、

「あれ、もしかして、彼よりも私の方がシャイなの?」って思っちゃうほどの、彼の変わり様だったの。

あなた、シャイじゃないの?

パーティからの帰り道。思わず彼に、聞いちゃった?

「あなたって、シャイじゃないの?さっき饒舌に話してた時は、全然シャイに見えなかったけど」って。

 

そしたら彼は、

「シャイだけど、同時に僕は、リーダータイプなんだ」って言って、

その答えにすごく、「なるほど」って唸ってしまった。

 

その場を仕切りたい、正したいタイプだから、

そんな場面では結果的に、シャイな彼ではなくなる。

 

シャイな彼と、パーティの場で饒舌な彼は、全く矛盾していない同じ彼だって、

彼の深い部分を知れた瞬間でもあった。

シャイだけど、社交的で表現したい私

そして、私についてを、考えてみたの。

 

私を分類するとしたら、きっと、

「シャイだけど、社交的な人間。そして、表現する人間」

 

そう考えると、全てが腑に落ちる。

シャイだけど、社交的

私は、グループの中では、とってもシャイ。

自分から話に割り込むことはあまりしないし、話を振られると恥ずかしくなっちゃうし、

パーティでは静かにただ、周りの人の話を聞いているタイプ。

 

でも、挨拶はフレンドリーに明るくするし、

1対1や少人数の場では急に饒舌になったり、または自分が主催のパーティにおいてはその場の盛り上げ役。

そうできちゃうというか、少し、自分をプッシュしてね。

シャイな自分ではあるんだけど、自分を少しプッシュして、社交的にしている気がするの。

 

「社交性」は、過去の経験の中で、私が生き抜くために、後天的に身につけたスキルだって思っていて、

シャイな自分なんだけど、社交性のスキルを使って、フレンドリーな自分になっているんなじゃないかな。

 

あとは、きっと、「来てくれた人を楽しませたい」みたいな、ホスピタリティーマインドや責任感からも。

ホスピタリティーマインドや責任感は、私が先天的に持っているものだって感じてる。

シャイだけど、表現したい

大勢の前で”表現”するときも、私はシャイじゃなくなる。

 

小さい頃から、スピーチとか劇などには積極的に参加していたし、

今でもダンスを披露する、ラナウェイを歩く、写真を撮られる、みたいなことは、全くシャイじゃなくなるの。

大勢の人の前であろうとシャイじゃなく、どちらかというと、「私をみて!」マインド。

 

グループとして、大勢の人の前で話すときは、とってもシャイになっちゃうんだけどね。

 

雑談で、人から注目を集めるのはシャイで、

”表現者”として、人から注目を集めるのは全然シャイじゃない。

 

自分でもすごく、面白いなって思った。

シャイ人間な私のままで

彼のシャイさ、彼のシャイさを打ち壊すもの、

私のシャイさ、私のシャイさを打ち壊すものを深掘りすると、

人間ってすごく、面白い。

 

「シャイな人間」みたいな、そんなシンプルな分類はできなくって、

当たり前といえば当たり前だけど、いろんな要素が重なって、私たちの性格はつくられているんだよね。

 

そして、今回の件を通して、自分のシャイさについて考えたことで、

私のシャイさをもっと受け入れられた気がした。(自分のシャイな部分は、あまり好きじゃないの)

きっとこのシャイさは、自分がもっと生まれてきたものだから変わらないけど、

目的によって、このシャイさを自然と、変えられる。って、思えたから。

 

シャイなこと自体は、悪いことじゃないし、

シャイ人間だろうと、

リーダーにもなれるし、社交的にもなれるし、表現者にもなれる。

 

「私はシャイ人間として、もっとどんな人間になっていくのかな」

って、楽しみにもなったの。

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