わたしはこれまで、何度か転職をしてきていて、
いろんな企業の面接を受けてきた。
日本の企業が大半だけど、海外の企業も、いくつかある。
日本企業と海外企業の違い
日本企業と海外企業の面接を比べて、感じたのが、
”海外って、ジャッジしないな”
ってこと。
(もちろん、『日本企業』と『海外企業』できれいに区切ることはできず、すべての企業がそうではないけど)
自己紹介してください。
この企業を志望する動機は?
これまでどんなことをやってきたの?
など、
面接で聞かれる内容は日本企業と変わらないのに、
話を聞いてくれる態度が、ぜんぜん違うように感じるの。
『海外企業』の場合は、
表情は穏やかで、威圧感は全くないし、
適度に相槌を打ったり、簡単な返しをしてくれるから、一方的な回答にはなりにくかった。(”インタビュー”というよりも、”会話”)
海外企業は、ジャッジ、しない
日本企業の面接のときには、
「この人は、うちの会社に相応しいのか?」
「求めているスキルがあるのか?」
などと、
ジャッジ(ある種、上の立場から見下ろして)されているような感覚があったの。
海外企業の場合は、
「この人と、うちの会社は、合うんだろうか?」
「この人のスキルを、会社でどのように活かせるだろうか?」
などと、
対等な立場として、話を聞いてくれたように感じた。
脱線しちゃうけど
ちょっと本題から脱線しちゃうけど、
わたしは、”ジャッジする” という行為が、大嫌い。
”良いこと” なのか、 ”悪いこと”なのか、他人が判断すべきではないと思うんだよね。
それって、本人の問題でしょ?本人にしか分からない事実や気持ちもあるんだから、他人が判断できるものでは、ないって思ってる。
もちろん、相手が明らかに間違った行為をしているのであれば注意すべきだと思うけど、
”ジャッジ”を根元にするべきではないよね。
”ジャッジ”じゃなくて、”相手の幸せを願って”。
またまた脱線しちゃうけど
英語で、
「I don’t judge you」
っていう表現があるの。
日常でよく使うフレーズで、
相手の話を聞くときとかに、「I don’t judge you, だからなんでも話して」
みたいに、使う。
日本語に直訳すると、
「あなたのことを判断しないよ」
になると思うけど、
こういう言い方って、日本語ではあんまりしないよね。
日本の文化では、相手を”ジャッジする” という行為に対して、無自覚なんじゃないかなって、感じてるの。
「I don’t judge you」という表現を知ってはじめて、
「あ、わたしって、人の話を聞くときに、相手をジャッジしようとしていたかも」って、気づいたから。
日本人は、相手を”ジャッジする” ということに対して無自覚になりがちだから、
無意識に相手をジャッジしてしまう人が多いんじゃないかな。って思ってる。
自分らしく、のぞもう
本題に戻すけど、
海外の企業では、”あなたという人間”をジャッジせずに、
”あなたという一人の人間”と、向き合ってくれているように感じてる。
海外企業の面接に挑む人、そして、日本の企業の面接に対しても言えることだけど、
「”あなたらしく”、いてね」
というエールを、送りたい。
相手はわたしを”ジャッジ”しているんじゃなくて、
”わたしがどういう人間なのか”を知りたいんだ。
って考えで面接にのぞんだら、ちょっとは肩の力が抜けるかな?
わたしたちの未来に、幸あれ♡
コメント