友達に敢えて、「中間」というラベルをつくる。大切な人に、十分な愛や優しさを注ぐため

こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼

 

この前友達とある話をしていたときに、ふと、

「Chichiって、ドライにできる人にはドライにできるし、

優しくする人には超絶優しすぎるから、

その中間の人もつくったら、もっと楽に生きられるんじゃない?」

って言われたの。

 

「中間」?…

 

「中間」っていうラベルなんて、これまで意識していないことだったから、

この視点って、すごく興味深いなって思った。

「大切」か、「その他」で

私の周りの人間関係。

 

「あ、この人、なんかすごい好き」、「この人は私のことを大切に扱ってくれるな」みたいな、

「もっと仲良くなりたい。いい関係を築きたい」って思った人に対しては、

 

『私の大切な人』ラベルを貼って、

その人たちには私の愛、優しさを注ぐ努力をする。

 

そして、

「なんか、嫌な感じがする」「自分のことばっかりだな」

みたいな人。

または、

「特に、何も感じない」

って人に対しては、

 

『距離を置く人』『あえて深く関わらない人』みたいなラベルを貼るの。

無視する。冷たくする。ってことじゃなく、

必要以上に介入をしない。

 

”人を『大切か』『どうでもいいか』で分類”したいのではなく、、

自分が必要とするところに時間やエネルギーを使うために、

敢えて、自分が時間とエネルギーを使わないところを決めてるの。

『私の大切な人』ラベルの人が…

私が人間関係で悩むときのたいていのって、

『私の大切な人』ラベルだった人に対しての、気持ちの変化。

 

「好きじゃなくなったわけじゃない。

嫌いになったわけでもない。

でも、以前と同じようには関われない」

みたいな変化が訪れるときってあって、

 

その人との関係性というか、位置付けが分からなくなり、

どのように愛を注いでいいか分からなくなり、困惑するの。

「冷たい自分なの?」って感覚も、強くなって。

自分が心地よい加減で

「そっか、この人たちには、「中間」というラベルを貼ればいいのか」

って、思った。

 

「中間」は、愛を減らすためのラベルじゃない。

自分が無理をしないための、ラベル。

 

100%の愛や優しさを注がないからといって、

友達じゃない、大切な人じゃない。ってわけじゃない。

 

その人との関係に合わせて、

自分が心地よい加減の愛や優しさでに、

調整して、いいんだよね。

「それで十分なんだよ」って

だから敢えて、意識して、

「中間」というラベルもつくろうって思った。

 

「中間」ラベルの人には、

それなりの愛や優しさしか示さない。

そう、決めるためじゃない。

 

自分に、

「それで十分なんだよ」って、

言ってあげるために。

だから敢えて、「中間」というラベルを

友達との絆を数値化することも、

人間関係に適切なラベルを貼ることも、

本当はできない。

でも、

自分を責めないためにね。

 

そして、

大切な人に、十分な愛や優しさを注ぐために。

 

自分が心地よくいられる距離で、

自分が大切にしたい人を、大切にする。

 

そのために私は、

敢えて、

「中間」というラベルを貼るの。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

if you like this, please share
  • URLをコピーしました!

comment

コメントする

CAPTCHA