こんにちは、マルタ在住のChichiです🌼
「日本人の愛は、愛妻弁当で表すんでしょ?
きっと僕には、それが愛だって、分からないよ」
って、
ヨーロッパの友達から冗談半分に言われて、
ちょっと、考えさせられたの。
愛妻弁当が、日本人の愛情表現の全てではないけれど、
でも、愛情表現の一部であることは間違いなくって、
日本人にとっては、それが愛だって伝わるけど、
文化が違う国の人からすると、それは愛だって、伝わらないことがある。
愛情表現、愛のカタチとして求めるものって、文化によって違っていて、
そのことを把握しておかないと、
愛を伝えたはずでも、相手にとってはそれは、愛として受け止めてもらえない可能性がある
ってことを、
考えさせられることになった。
目に見えにくい、日本人の愛情表現
さっき、愛妻弁当の例を挙げたように、
日本では、言葉やボディタッチよりも、
「相手のために何かをする」ことで愛情を表す場面が多いように思う。
健康を考慮した手作り料理をつくる、早起きしてでも「いってらっしゃい」を言う、
玄関まで出迎えて「おかえり」をいう、帰ってくるタイミングに合わせて温かいお風呂を用意しておく、
みたいなね。
奥ゆかしい美しい愛情ではあるけれど、
目には見えにくい、愛情表現。
日本で育っていない人からすると、もしかすると
それが愛情表現だとは、認識されないかもしれない。
「I love you」と言わない日本人
私がマルタで経験した恋愛においては、
ボディコミュニケーションや言葉での愛情表現が、多かった。
会った瞬間にキスをする、隣にいるときに手をそっと膝に乗せる、「I love you」って言うなど、
ストレートな愛情表現。
そして、日本人には、あまり馴染みのないものでもある。
分かりやすい愛情表現でもあるから、
日本人にとっては、「彼/彼女は、私のことを愛しているのかな?」
って、戸惑うことはあまりないのかもしれないけど、
ヨーロッパの人からすると、
「あれ、「愛してる」って言ってくれないけど、彼/彼女は、愛してくれているのかな?」
って、不安になってしまうことがあるかもしれない
「自分が愛を与える方法」と「自分が愛を感じる方法」
そこで考えさせられたのが、
”自分が求めている『愛情表現』が何であるか” を、
相手にきちんと、伝える必要がある。
って、
ことだった。
「自分が愛を与える方法」と「自分が愛を感じる方法」は、
異なっている可能性が高いから。
「ちゃんと愛を伝えているんだから、いいでしょ?」
じゃなくて、
”これが、愛だ”って自分が感じること、そして、”相手に愛情表現して欲しいこと”を、
伝え合うこと。
文化が違う者同士においては、特にね。
これが私が欲しい『愛情表現』
「言葉で、愛を伝えて欲しい」って、
私のアルゼンチンの彼氏に伝えたことがある。
これは、文化の違いからじゃなくて、
彼がただ、シャイな性格をしているからなんだけど、
彼はふだん、「好きだよ」とか「綺麗だね」みたいな言葉はくれないし、
「愛してる」については、まだ一度も、言ってくれたことがない。
ボディコミュニケーションだったり、料理だったり、小さなプレゼントだったり、
彼なりの愛情表現はしてくれているから、
まぁ、それでいいと言えば、いいんだけどね。
でも、本音を言うと、
私が心の底で感じられる『愛情表現』が欲しいって、思ってた。
できるだけ、相手に答えて
「言葉で、愛を伝えて欲しい」って伝えてことで、
まだ、言葉で愛情表現をすることには抵抗があるみたいなんだけど、
ごくたまに、
言葉でも愛を示してくれるようになった。
記念日みたいな、本当にごくたまにの日だし、
「愛している」については、まだ言葉にしてくれてはいないんだけど。
でも、彼が、
私が求める愛情表現に歩み寄ってくれているのがわかるようになって、
そしてそれが新たな、私にとっての『愛情表現』になって、
彼からの愛を、もっと感じられるようになったの。
相手が愛を受け取れる形で、愛を届ける
「私は愛妻弁当を通して愛を伝えているのよ、感じてよね」
でも、
「私は愛妻弁当を通して愛を伝えているのよ、その愛で満足してよ」
でもなく、
「私の愛情表現は、愛妻弁当なの」「あなたは、どんな愛情表現が欲しいの?」
って、
二人の間で、『愛情表現』についても、
会話をしないと、いけないんだろうね。
愛って、そこに「ある」だけでは、
相手には伝わらないことがあるから。
私が愛だと思っていることが、相手にとっても愛だとは限らない。
逆に、
相手がくれている愛が、私が「愛」だと思っている形じゃないからといって、愛がないわけでもない。
だから、
「私はこうやって愛を表現するよ」
だけじゃなくて、
「あなたは、どういうときに愛されていると感じる?」
って、お互いに聞いてみること。
相手が欲しい愛の形に、少しだけ歩み寄ってみる。
『愛情表現』の違いによって、実際に二人の中に存在する愛が見えなくなってしまったら、
勿体無いから。
愛情表現って、
「自分が愛していることを伝える」だけじゃなく、
「相手が愛を受け取れる形で届ける」ことなのかもしれない。
文化が違う二人なら、なおさら。
愛は目に見えないからこそ、
「分かってよ」ではなく、
ちゃんと言葉にして、二人で見つけていくものなのかもしれないね。
✍️『愛情表現』のタイプ分けとも言える「LOVE LANGUAGE」について書いたブログにも、遊びに来てね

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